火の色だった。
 山の裾が平野の中へ消えて来て、葉さきを曲げた芒の向うに、入日をうけた海が大きく空に残照をあげていた。暮れかたむいて来る芒の中の野路には人影もなかった。
 矢代は細い村道の集りよった辻まで出たとき、そこから後を振り返って見た。通って来た自分の家のある村は、はるか後方に退って見えなかったが、城山の峯だけ一つ疎らな人家の屋根の上からまだこちらを向いて立っていた。脇息のように二軒の屋根を両肱の下に置き、やや身を傾けさし覗いている様子であった。偶然の好位置から振り向いたといえ、沢山並んだ他の峯峯のどこも姿を消している中から、ただ一つ覗いていてくれたその様子に、彼ははッとして襟を正し、「おい、一寸」と車夫を呼びとめた。上り気味な片肩の表情には、永い退屈さもやっと通りぬけたと云いたげな寛ぎがあり、文句なく、遠い先祖が起き上り黙って彼を見送っていてくれた姿に感じた。
「どうも、すみません。今日だけは赦して下さい。」
 矢代は帽子をとって軽く頭を下げてから、また車を降り、山の方へ向き変って鄭重に礼をし直した。
 夕焼の拡りを半面に受け、老人らしく眩しそうに身をひねってはいるが、立てば背丈も相当に高そうな頭の部分に、黒松が繁っていた。見れば見るほど、それは狩衣を着た姿だった。両脇から頂上の砦へのぼっている山襞は袖付の裂け目に似ていた。何の邪魔物もない空の中で、おだやかな、物分りの良い、やさしい微笑さえ矢代は、その狩衣から感じた。じっと動かずいながらも、首だけゆるく廻すように感じるのも、すべてこちらがそう思うからにちがいないに拘らず、それでも、なお彼はその顔と、活き活き話も出来るように思った。
「さア、もうお前は行きなさい。」
 とそういう風にも顎が動く。
「そこにそうしていて下されば、僕たちも安心です。」と矢代は云った。
「うむ。」
「もう皆、お分りでしょうから、お話もいたしません。どうぞお大事に。」
「うむ。」
 矢代はこみ上って来る感動に堪えかねて、とうとう泣いた。涙が出て来てとまらなかった。若い車夫は前掛けの毛布を肩にかけたまま、極まり悪げに彼から顔を背けて待っていたが、矢代は介意《かま》わずなおいろいろ山の話をつづけたくなり、そのまま去って行く気持ちもなくなるのを感じた。そして、どうして今の今までこの姿を忘れていた自分だったのかと、急に過ぎた日のすべてが空虚な
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