は肥満し他の方は小柄の大小二人、僧属に共通の眼の鋭い客である。それも揃って禅行の姿勢を崩さず、黙然として暫く矢代を瞶め笑顔一つをするでもなかった。寺の主婦は二人の客を先代の友人だと紹介したが、それでも黙り通している窮屈さに、ひとり気をかねて砕けた主婦と対して、矢代は車中や東京の話をするのみだった。卓上には饂飩の小鍋を中に銚子が一二本乗っていて、彼の猪口が一つ加えられたところから察しても、今日のささやかな御馳走の後だと分った。
「皆さんときどきお参りに帰って下さるんですよ。去年も朝鮮から来て下さいました。」
 と主婦は、彼の親戚たちの帰郷のおりおりの様子を矢代に報らせた。故郷を散り出ていった矢代一族の帰る家は、今はこの見知らぬ人の棲む菩提寺だけになったのかと、矢代は一族の宿命にひそむ旅人の性格に、鞭うたれる痛みも感じ首垂れるものが加わった。連る僧たちの気詰りな沈黙も、遂に彼を打つ鞭の音に鳴り代って静静として来るうち、矢代はふと卓上の鍋の饂飩の底から、中に鋭く溌ね混った小鯛の骨を見つけた。すると、僧形に囲まれ沈んだ魚骨の白いその崩れが、しだいにそこからなごやかな命日の息を蘇らせて、不思議と一座が暖かな日ざしに変るのを彼は覚え、また仏壇の方へと心が向いてゆくのだった。
「ここのお寺は、たいへん古いお寺だとか父から聞かされていましたが、建ってからよほどになるのでしょうね。」
 と彼は右側の客僧の一人に訊ねた。
「三百五十年です。」
 座の端からこの寺の若い和尚が、中学生らしい声で初めて答えたが、それも亡父から聞き伝えたままの素直な響きで、同じく父を亡くしたばかりの矢代には悲しく聞えた。
「じゃ、相当に古いですね。」
 弛みの出た木組ながら、この下で棲んだ僧たちも幾代も変ったことだろうと彼は思った。旅をしつづけていたものらは、矢代一族のものだけではないのであった。この座に並んだ僧たちそれぞれも、家を出て、これで釈尊の故郷を胸に描き、寺から寺へと流れわたっていた旅人一属にちがいなかった。そう想えば、旅人の集りに似た宿所となった一間とはいえ、も早や互いに惻隠の情さえ通わぬのはただ想うふるさとの相違するものあるばかりかもしれなかった。
 矢代は自分の妻となるカソリックの千鶴子の念うふるさとはエルサレムだとふと思うと、一瞬胸ふさがる寂しさに襲われたが、そこを知らぬ彼には、前に並んだ僧
前へ 次へ
全585ページ中539ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング