たちの念い描くふるさとの、釈尊の歯を埋めたと云われるセイロン島の樹陰が不意に泛んだ。むらがり立った緑樹の驟雨にうたれて雫する下に、黄色な僧服の隠見した島で、霽れ間に空に立のぼった夕茜のひとときの麗しさ、紫金色のむら雲舞い立つその凄じい見事さにあッと愕き仰ぐ幻に似た荘厳幽麗な天上の色、今も彼には忘れがたかった。
「それでは、お詣りさせて貰います。」
 法要に来ている客への接待を、そのまま和尚につづけてもらい、折を見て矢代ひとり廊下をわたっていった。この寺の本堂も、山村でよく見る山寺と違わなかったが、ここに寺のあるからは、矢代の父祖たち滅亡のさい、城とともにいのちを捨てた者ら最後の場所かとも想像された。高縁の端に立って見渡す一塊の山野の眺めは、鏝で塗りあげたような水田の枠の連った山峡の風景とはいえ、嫩葉の伸びた草叢の襞に入り籠って来たものの品種は、セイロンからの仏の流れだけではなかった。南蛮と直接貿易をしたフランシスコ宗麟が、初めて日本に大砲を陸揚げして、彼の先祖の城を滅ぼした西の浦の入江も、すぐ真近の海べだった。この宗麟や千鶴子の信じたカソリックのふるさとの、フィエゾレ聳える西方の国国も、矢代は見て来た。
「およそ惟んみるに、生きとし生けるもの、尽くみな己れ己れの志を遂げんことを歎くなり。秋の鹿の笛によって猟人の為にその身を過ち、夏の虫の灯火に赴いて空しく命を失うも、この故ならずや。人倫もなお此のごとし。さればゼススのコンパニヤたち故郷を出でて茫茫たる海に浮かみ、雲の波、煙の浪を凌ぎ今この日域に来って貴き御法を弘め、迷える人を導きて直なる道に引入れんとする事も、心の願いを達せんがためなり。――」
 いつか読んだ信者に法を説いたキリシタンの僧たちの、ここに入り込んだ初めに語ったこんな言葉も、仏教より転じた仏僧の翻訳語から弘まっていたのだった。
「みなそれぞれ旅をしているのだ。すべてのものは旅のものだ。」
 凡庸な感傷も胸を透って、庭の中央に枝を拡げた一本の銀杏の樹を見上げ、矢代はそれも同様に支那から流れ来たものだと思った。隋の霊帝の弟がこの地へ渡って、さらに一派が三浦半島に移り棲んだという記録も彼は読んだことがある。しかし、渦巻き変り、入り変りしたこれらのものの残した苦しい愛海の呼吸は、みな今見るままのこれだろうか。しかし、何はともあれ、自分はこの風景の中から出たのだっ
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