私が初めて「人間」へ出してもらって父に送ってみると、京城でそれを読んだ父は、嬉しさのあまりその晩脳溢血でころりと死んだ。私の「南北」は発表後さんざんな悪評で、一度でぺちゃんと私は叩き落された。以来私にとって「人間」は人生喜劇の道場となり、いまだにここは鬼門だが、鬼こそ仏と思うようになったのは、それから二十年も後のことである。歳月のままの表情というものは涙でもなければ笑いでもない。
「お前その月給何に使うんだい。」と私は子供に訊ねた。
「僕これで東京へ帰るんだよ。早く帰って、ピアノ弾きたいなア。いいでしょう、さきに帰ったって。」
「うむ。」
「この間お小遣いもらったの、十円だけ返しとこうか。」
 何を云い出すやら。私はぽかんとして見ていると、
「だって僕、早く返しとかないと、使っちまうよ、一枚だけね。」
「まアまア、大変なことになったわね。」と妻は傍で聞きながらそう云って、仏壇からまた降ろして来た袋を子供に渡した。
「はい。十円。」
 子供は一枚出して私にくれてから、また残りを大切そうに服のボタンの間に押し込んだが、受けとってはみたものの、失敗った、私は一度も父へはそんなことをした覚えの
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