一人あった。日華事変の戦争の最中に、そんな予言をして山中へ隠れてしまった人だ。私はいまその人のことをふと思い出した。人間の天才は二十五で、誰も天才としての生命力は消えてしまうものだといわれている。米にもこれに似た天才力はあるのかもしれない。曙色をしている米の天才は消え失せたかもしれないが、努力の天才ということもまだ残っている。天才とは何ものでもない、愚者を建造してその中に棲むだけだと云った人もある。米もどうやら愚者を建造して来たばかりに近い悲しみをひそめている。そういえば涙の形をしているのも、いまは皮肉なことではない実相のようだ。
「今年の新米は、おれには嬉しいのか悲しいのか分らないね。これ見なさい。」
私は傍へ来た妻に云って掌の上の新米を出した。
「でも、美しいわ、きらきらしていること、ほら、こんなにきらきらと。」
「もうこれで、生命力はないというのだからね。日本の米は。」
「桜沢さんね、あの方、どうしてらっしやるかしら。あたしもう一度お会いしてみたいわ。」
妻は桜沢如一氏の愛読者で、一度講演も聴きに行ったこともあって、日本の敗北を予言したその人の存在が、今ごろ興味を呼び起して来
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