こでとれた米の精米にかかっている。連日の雨で膝まで泥に没する稲刈だが、夜など精米所の電光の下では、凛凛たる物具つけた武士のように勇みたった農夫らの勢揃いだ。どっかへ夜討ちに出かける前刻のような凄じい沈黙で並んでいる。一年一度の最高潮に達した緊張にちがいない。実に美しい姿で、一ぷくの煙草を美味そうに夜気の中へ吐き流している若ものの姿も見えた。

 十月――日
 農家の竈《かまど》にはどこのも少し新米が入った。これは炊き増えしないためでもあって、四人で一日二升五合で足りていた参右衛門の家では、新米になった今日から四升を少し超過して、まだ不足だとの事だ。
 朝夕はうす寒く、火鉢に炭火が要るようになったが、この村には薪ばかりで炭がどこにもなく、消炭ばかりだ。

 新米のみずみずしい重さ、しっとりと手に受けたときの湿り具合、蝋色のほの明るい光沢の底からぼっと曙がさして来る。たしかに新米のこの匂いには抒情がある。無限の歴史のうなりが波の音のように掌の上に乗りうつって来て、私は感傷的になるのだが。
「ああ、もう日本の米には生命力がなくなった。こん度の戦争は敗けだ。」
 と、そんなに呟いた玄米研究家が
前へ 次へ
全221ページ中88ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング