る。子供たちが参右衛門の下手な歌を面白がってときどき蒲団から頭を上げるが、
「そうら、来るわ。」と妻に云われると、ぺたりとまたすっ込む。
しかし、隣家が結婚式だと思うと、誰でも自分らのそのときの事を思い出す。おそらく参右衛門の酔いにも、清江の幻影が泛んだり消えたりしていることだろう。二人は同級生で、卒業式の写真の中に一緒に二人の写っていたのを私も見た。
「これ、こ奴がおれの女房になろうとは、思わんだのう。それに、こ奴が――」
そう云っては幾度も突ッついた跡が、写真の清江の顔にぶつぶつとついている。家を飲み潰し、妻子を残して樺太へ出稼ぎに十年、浮き上ろうにもすでに遅い、五十に手の届いた私と同年の参右衛門の幻影は、節の脱れた鴨緑江節に変っている
「朝鮮とオ、支那とさかいの、あの、鴨緑江オ――おい、おいお前もやれよ。やれってば――」
足をばたつかせて清江にいう参右衛門も、ここの炉端で一人児として生れ、旅をして、またもとの生れた炉端で前後不覚に謡っている。暴れようと投げようと、人の知ったことではない。どう藻掻こうと鍋炭のかなしさは取れぬのだ。外では雪が降っている。
深夜になってから参右
前へ
次へ
全221ページ中200ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング