う。泥のような中から裸体の農婦の背中や腰が白い肌を見せている。そこの勝手元に私の訪ねる人は、どてらを着て炉の前に坐った六十過ぎの男であった。眼のぎろりと大きい、養子とは反対の太っ腹なむっつりした男で、垢と泥とでどす黒く見える懐の中から、すっきりとした外国製の煙草を一本抜き出した。悪く見ると山賊の親分で、善く見ると大道具の親方という風貌だが、向うも相手を誤ったと思ったらしく、不機嫌な様子で押し黙っている。背景の宿が宿で、私はまだこんな温泉宿というものを見たことがない。泥宿めいた混雑の中にこうしている男が、私の荷主になるのかと思うと、少し私も躊躇した。誤れば私の財産の半分はこれで失うのだ。
「荷物が東京へ着いてから、私の家まで運送するのが面倒で、それに困っているのですがね、運送屋をお世話願えませんか。」と私は云ってみた。
「ええ、しましょう。」と、一言ぼつりという。
 それだけだ。一つ東京の住所をここへ書いて貰いたいと私は云って手帖を出した。男は鉛筆を受けとりすらすらと名と住所とを書きつけた。意外に良い字だ。悪い男はこのような字を書けるものではない。私は多少それで、この男は見かけによらぬ善
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