養子であること、養父が火燧崎に来ているから、一度荷物の相談をその人としてくれと客は私にいう。菅井和尚から貰った小豆餅《あずきもち》を出すと、喜んですぐ食べた。積みこむ荷の整理から買い集めまで一切この人一人でやるらしく、瞬時の暇もないらしい多忙さは気の毒なほどである。
「私は荷と一緒に東京へ帰りますが、またすぐ、もう一ぺん引き返して来るんですよ。」と客はいう。
 この混雑の列車の中を、帰るだけが私にやっとだが、この人は、私のやろうとすることの十数倍のことをやろうとしている。帰って行くときのこの客の後姿を見ていると、横っちょに引っかけた蓑が飛ぶような迅さだ。あれなら十五里は今日中にやれそうだと思った。

 私は小一里もある野路を火燧崎まで出かけた。山裾の入り組みが田の中へ複雑な線で入り浸っている。行く路はそれに随い海岸のように曲りうねっていて、霙《みぞれ》の降っているその突端の岬に見える所が火燧崎だ。このあたりは古戦場だから多分ここから火を打ちかけたものだろう。家の一軒もない泥田の中に、ぼつりと一つ農家があり、それが温泉宿で、一ヵ月も水を変えない沸し湯のどろどろした汚れ湯が神経痛によいとい
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