ん、来るといいね。」
「もうそろそろ、いらっしゃるころよ。」
 と妻はいう。この老婆の利枝は私も妻も好きで、子供たちも老婆の声がすると、「そら来た。」と跳び出て行くほどだが、私が牛之助の二階にいたあの当時同じ浪を見ながら、老婆は何をしていたものだろう。私と妻はむかしの夏の海水浴の日のことを今日も柴を探しながら灌木の間で話した。紅《くれない》の茨の実はそっと耳を立てているようだ。ぴっちり詰った海水着の水に浸る音を聞く風なその眼差し。――ああ、こ奴――
 柴は相当に出来たので暫く二人は海を見ていてから、山を降りることにした。
「よっこらしょ。」と、妻は云って柴を背中に舁《か》いだ。どういうものか柴を背負うと急に自分の年を思い出す。どっちも姿を見合いながら、
「もう駄目らしいぞ。お前もおれも、爺さん婆さんになったもんだ。」と私たちは笑い合った。
「しっかりしましょうよ。元気を出して下さいね。」
「いや、もうおれは諦めた。」
「でも、もう一度若くなるのは、あたしいやだわ。あんなこと、もうこれで沢山沢山。」
 栃の実の降っている谷間を見降ろしながら、坂はだだ下りの笑いで一気に終りになってしまった
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