十月――日
 晴れたかと思うとこの日も驟雨だ。遠山に包まれた平野の架《はさ》の棒に刺さった稲束が、捧げつつをした数十万の勢揃いで、見渡すかぎり溢れた大軍のその中に降り込む驟雨。くっきり完壁の半円を描いた虹に収穫を飾られた大空の美しさ。本家の参右衛門の家では、夕暮から餅搗《もちつ》きをやり出した。例の鳥の巣の祝いである。大力の天作が搗くのでたちまち一臼が出来上り、私たちも鳥の巣餅を食べる。さみしい希望――

 十月――日
 山頂に一本高く見える楢の木に、日ごとに多く日本海の方から鶸《ひわ》の群が渡って来て止る。谷間の樹の根に溜り込んだ栗の実。一雨ごとに落ちた胡桃が籠に積ったまま触れるもののない板の間で、魚の匂いを嗅ぎ廻っている黒猫。花序を白ませた紫苑の丈が垣根に添い崩れて来る。

 別家、久左衛門の家の末娘のせつに縁談が起った。それがどちらも好調の様子で、仏の口という例の巫女からもこれは良縁と折紙がついて、彼の家はこのごろとみに色めき立っている。婿は新庄在の青年で牧場の種馬つけとかいう。大兵肥満の厚い唇の、この青年は、もう遠い新庄から汽車で来ており、久左衛門の家から一向に帰って行
前へ 次へ
全221ページ中140ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング