て来た久左衛門の長男の嫁は、川の流の傍で私に丁寧なお辞儀をした。健康に赤らんだ円い顔で、黙って立って礼をする夕暮どきの透明さ。私も思わずミレーになったような清浄な気持ちを覚え、彼女の幸福ならんことを願って礼をした。やはり晩鐘の美しさは誰にも一日に一度は来ているのだ。
久左衛門の家へ入ると、彼は風呂から出たばかりで、ふんわりと丹前をかけ炉の前に坐っている。支那の学者のような穏かな顔になったり、厳しいリアリストの眼になったりする彼の表情を見ながら、この久左衛門は、六十八で、今一生のうち一番幸福の絶頂にいるのではないかと私は思った。不足なものは何一つない。子供たちの誰もが出征せず、持ち物の値は騰るのみだ。極貧からとにかく現金の所有にかけては村一番になっている。村の秘密を知っているものも彼ただ一人だ。経済のことに関する限り、彼を除いて村には知力を働かせるものもない。すること為すこと当っていって、他人が馬鹿に見えて仕方のない落ちつきで、じろりじろりと嫁を睨んでいれば良いだけだ。肩から引っかけた丹前の裾の、富士形になだれたのどかな様子が今の彼には似合っている。
「明日から大工が廂《ひさし》を上
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