才能の溢れた豊かな青年でこれは助手役に来たらしい。どちらも私の見知らぬ人のこととて私はただ黙って傍で話を聞いていると、候補者となっている娘が選定の結果二人となり、そのどちらと先に会うべきかが苦心の模様で、先方の家庭の事情や娘の素質をあれこれと話し合っている。ところが、幸運な花嫁になろうとしている娘の方は、どうも私とどこかで縁のありそうな気配が立ち籠って来始め、思わず私も他人事ならず胸のときめきを覚えるようになった。そのときのことを私は同じく鶴岡育ちの妻に話して云った。
「おい、その嫁になる娘の一人というのは、誰だと思う。例の、そら、お前の結婚する筈になっていた船問屋の、あの人物の娘だ。僕は知らぬ素振りでいたがね。」
 妻はさも無関心らしく、「あら、そう。」と云う。これも知らぬ素ぶりだ。しかし、私には、もし私がその船問屋だったら、ほんの些細なことからそうならなかったまでのことなのだが、自分の娘が第一候補の矢を立てられているのと同じ場であった。興味の起らぬ筈はない、私の妻がかつてはその船問屋から第一候補の矢を立てられて逃げたのである。そして、今、私はその男の娘を見立てようとしている稀な情景だ。
「まア、あの娘なら満点だ。親父はちょっと自慢しいで何んだが、娘はなかなか立派だ。」
 と、こんな話を中に立った多介屋主人が一昨日青年に話していたのを思い出し、私はそれもその通りに妻に話してみた。
「そう、あの人の娘さんならいい人ですよ。それは良い児だということですわ。」
 妻はそう云ってからそのとき、ふと声を落して黙った。自分の子供の、その娘のようには自慢になりそうにもないことを思い出したらしい、悲しげなその様子を見て、急に私はもう話をそれ以上つづける勇気を失った。女の幸不幸の大部分は子供にあることぐらい、もう知りすぎている二人だった。寝てからも、しかし、私は一昨日の結婚談がうまく整ってくれることをひそかに希望した。
 罪滅ぼしの気持ちも多分にある。私はついに候補者のだれとも会わずに帰って来たのだが、その日、それから青年たちを混え、男ばかり五人で田川温泉へ行って一泊した。帰りはいつまで待っても自動車が来なかったのでやむなく、炭輸送車の真黒な箱へ乗せてもらったが、炭の中で揺れている花婿を見て、私は、
「ああ、花咲けり。」と思った。私から刻刻過ぎゆくものをこのときほどまだつよく感じた
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