て来た梶《かじ》の妻は、栖方《せいほう》の小父の松屋の話が出てからは忽《たちま》ち二人は特別に親しくなった。その地方の細かい双方《そうほう》の話題が暫《しばら》く高田と梶とを捨てて賑《にぎ》やかになっていくうちに、とうとう栖方は自分のことを、田舎言葉まる出しで、「おれのう。」と梶の妻に云い出したりした。
「もうすぐ空襲が始るそうですが、恐《こわ》いですわね。」と梶の妻が云うと、「一機も入れない」と栖方は云ってまたぱッと笑った。このような談笑の話と、先日高田が来たときの話とを綜合《そうごう》してみた彼の経歴は、二十一歳の青年にしては複雑であった。中学は首席で柔道は初段、数学の検定を四年のときにとった彼は、すぐまた一高の理科に入学した。二年のとき数学上の意見の違いで教師と争い退校させられてから、徴用でラバァウルの方へやられた。そして、ふたたび帰って帝大に入学したが、その入学には彼の才能を惜しんだある有力者の力が働いていたようだった。この間、栖方の家庭上にはこの若者を悩ましている一つの悲劇があった。それは、母の実家が代代の勤皇家であるところへ、父が左翼で獄に入ったため、籍もろとも実家の方が栖
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