ふ》れた力が漲《みなぎ》りつつ、頂点で廻転《かいてん》している透明なひびきであった。
梶は立った。が、またすぐ坐《すわ》り直し、玄関の戸を開け加減の音を聞いていた。この戸の音と足音と一致していないときは、梶は自分から出て行かない習慣があったからである。間もなく戸が開けられた。
「御免下さい。」
初めから声まで今日の客は、すべて一貫したリズムがあった。梶が出て行ってみると、そこに高田が立っていて、そしてその後に帝大の学帽を冠《かぶ》った青年が、これも高田と似た微笑を二つ重ねて立っていた。
「どうぞ。」
とうとう門標が戻って来た。どこを今までうろつき廻《まわ》って来たものやら、と、梶は応接室である懐しい明るさに満たされた気持で、青年と対《むか》いあった。高田は梶に栖方の名を云って初対面の紹介をした。
学帽を脱いだ栖方はまだ少年の面影をもっていた。街街の一隅を馳《か》け廻っている、いくら悪戯《いたずら》をしても叱《しか》れない墨を顔につけた腕白な少年がいるものだが、栖方はそんな少年の姿をしている。郊外電車の改札口で、乗客をほったらかし、鋏《はさみ》をかちかち鳴らしながら同僚を追っ馳け
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