い夏服の将官たちが入口から流れ込んで来た。梶は、敗戦の将たちの灯火を受けた胸の流れが、漣《さざなみ》のような忙しい白さで着席していく姿と、自分の横の芝生にいま寝そべって、半身を捻《ね》じ曲げたまま灯の中をさし覗《のぞ》いている栖方を見比べ、大厦《たいか》の崩れんとするとき、人皆この一木に頼るばかりであろうかと、あたりの風景を疑った。一人の明※[#「析/日」、第3水準1−85−31]判断《めいせきはんだん》のない狂いというものの持つ恐怖は、も早や日常茶飯事の平静ささえ伴なっている静かな夕暮だった。
「ここへ来る人間は、みなあの部屋へ這入《はい》りたいのだろうが、今夜のあの灯の下には哀愁があるね。前にはソビエットが見ているし。」
「僕は、本当は小説を書いてみたいんですよ。帝大新聞に一つ出したことがあるんですが、相対性原理を叩《たた》いてみた小説で、傘屋の娘というです。」
 どういう栖方《せいほう》の空想からか、突然、栖方は手枕《てまくら》をして梶《かじ》の方を向き返って云った。
「ふむ。」梶はまことに意外であった。
「長篇《ちょうへん》なんですよ。数学の教授たちは面白い面白いと云ってくれま
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