したが、僕はこれから、数学を小説のようにして書いてみたいんです。あなたの書かれた旅愁というの、四度読みましたが、あそこに出て来る数学のことは面白かったなア。」
 考えれば、寝ても立ってもおられぬときだのに、大厦《たいか》を支える一木が小説のことをいうのである。遽《あわただ》しい将官たちの往《ゆ》き来《き》とソビエットに挟まれた夕闇《ゆうやみ》の底に横たわりながら、ここにも不可解な新時代はもう来ているのかしれぬと梶は思った。
「それより、君の光線の色はどんな色です。」と梶は話を反らせて訊《たず》ねた。
「僕の光線は昼間は見えないけども、夜だと周囲がぽッと青くて、中が黄色い普通の光です。空に上ったら見ていて下さい。」
「あそこでやっている今夜の会議も、君の光の会議かもしれないな。どうもそれより仕様がない。」
 暗くなってから二人は帰り仕度をした。携帯品預所で栖方は、受け取った短剣を腰に吊《つ》りつつ梶に、「僕は功一級を貰うかもしれませんよ。」と云って、元気よく上着を捲《ま》くし上げた。
 外へ出て真ッ暗な六本木の方へ、歩いていくときだった。また栖方は梶に擦りよって来ると、突然声をひそめ、今
前へ 次へ
全55ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング