章で、ここにいてもいいのですか。」と梶は訊《たず》ねてみた。
「みなここの人は僕のことを知ってますよ。」
 栖方は悪びれずに答えた。そのとき、また一人の佐官が梶の傍へ来て坐《すわ》った。そして、栖方に挨拶《あいさつ》して黙黙とフォークを持ったが、この佐官もひどくこの夕は沈んでいた。もう海軍力はどこの海面のも全滅している噂《うわさ》の拡《ひろ》がっているときだった。レイテ戦は総敗北、海軍の大本山、戦艦大和も撃沈された風説が流れていた。
 珍らしいパン附の食事を終ってから、梶と栖方は、中庭の広い芝生へ降りて東郷神社と小額のある祠《ほこら》の前の芝生へ横になった。中庭から見た水交社は七階の完備したホテルに見えた。二人の横たわっている前方の夕空にソビエットの大使館が高さを水交社と競っていた。東郷|小祠《しょうし》の背後の方へ、折れ曲っている広い特別室に灯が入った。栖方は黄楊《つげ》の葉の隙から見える後のその室を指して、
「あれは少将以上の食堂ですが、何か会議があるらしいですよ。」と説明した。大きな建物全体の中でその一室だけ煌煌《こうこう》と明るかった。爽《さわ》やかな白いテーブルクロスの間を白
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