らね。僕はいま陸軍から引っ張りに来ているんですが、海軍が許さないのです。」
水交社《すいこうしゃ》が見えて来た。この海軍将校の集会所へ這入《はい》るのは、梶には初めてであった。どこの煙筒からも煙の出ないころだったが、ここの高い煙筒だけ一本|濛濛《もうもう》と煙を噴き上げていた。携帯品預所の台の上へ短剣を脱《はず》して出した栖方は、剣の柄のところに菊の紋の彫られていることを梶に云って、
「これ僕んじゃないのですが、恩賜の軍刀ですよ。他人のを借りて来たんです。もうじき、僕も貰うもんですから。」
子供らしくそう云いながら、室の入口へ案内した。そこには佐官以上の室の標札が懸っていた。油の磨きで黒黒とした光沢のある革張りのソファや椅子《いす》の中で、大尉の栖方は若若しいというより、少年に見える不似合な童顔をにこにこさせ、梶に慰めを与えようとして骨折っているらしかった。食事のときも、集っている将校たちのどの顔も沈鬱《ちんうつ》な表情だったが、栖方だけ一人|活《い》き活《い》きとし笑顔で、肱《ひじ》を高くビールの壜《びん》を梶のコップに傾けた。フライやサラダの皿が出たとき、
「そんな君の尉官の襟
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