てね。」
 一撃を喰《くら》った感じで梶は高田と一緒にしばらく沈んだ。みな栖方の云ったことは嘘《うそ》だったのだろうか。それとも、――彼を狂人にして置かねばならぬ憲兵たちの作略の苦心は、栖方のためかもしれないとも思った。
「君、あの青年を僕らも狂人としておこうじゃないですか。その方が本人のためにはいい。」と梶は云った。
「そうですね。」高田は垂れ下っていくような元気の失《う》せた声を出した。
「そうしとこう。その方がいいよ。」
 高田は栖方を紹介した責任を感じて詫びる風に、梶について掲っては来なかった。梶も、ともすると沈もうとする自分が怪しまれて来るのだった。
「だって君、あの青年は狂人に見えるよ。またそうかも知れないが、とにかく、もし狂人に見えなかったなら、栖方君は危いよ。あるいはそう見えるように、僕ならするかもしれないね。君だってそうでしょう。」
「そうですね。でも、何んだか、みなあれは、科学者の夢なんじゃないかと思いますよ。」高田はあくまで喜ぶ様子もなく、その日は一日重く黙り通した。
 高田が帰ってからも、梶は、今まで事実無根のことを信じていたのは、高田を信用していた結果多大だと
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