な興味を覚えて梶は筆を執った。それというのも、まだ知らぬその青年について、高田の説明が意外な興味を呼び起させるものだったからである。青年は栖方《せいほう》といって俳号を用いている。栖方は俳人の高田の弟子で、まだ二十一歳になる帝大の学生であった。専攻は数学で、異常な数学の天才だという説明もあり、現在は横須賀の海軍へ研究生として引き抜かれて詰めているという。
「もう周囲が海軍の軍人と憲兵ばかりで、息が出来ないらしいのですよ。だもんだから、こっそり脱け出して遊びに来るにも、俳号で来るので、本名は誰にもいえないのです。まア、斎藤といっておきますが、これも仮名ですから、そのおつもりで。」
 高田はそう梶に云ってから、この栖方は、特種な武器の発明を三種類も完成させ、いま最後の一つの、これさえ出来れば、勝利は絶対的確実だといわれる作品の仕上げにかかっている、とも云ったりした。このような話の真実性は、感覚の特殊に鋭敏な高田としても確証の仕様もない、ただの噂《うわさ》の程度を正直に梶《かじ》に伝えているだけであることは分っていた。しかし、戦局は全面的に日本の敗色に傾いている空襲直前の、新緑のころである。
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