噂にしても、誰も明るい噂に餓《う》えかつえているときだった。細やかな人情家の高田のひき緊《しま》った喜びは、勿論《もちろん》梶をも揺り動かした。
「どんな武器ですかね。」
「さア、それは大変なものらしいのですが、二三日したらお宅へ本人が伺うといってましたから、そのときでも訊《き》いて下さい。」
「何んだろう。噂の原子爆弾というやつかな。」
「そうでもないらしいです。何んでも、凄《すご》い光線らしい話でしたよ。よく私も知りませんが、――」
 負け傾いて来ている大斜面を、再びぐっと刎《は》ね起き返すある一つの見えない力、というものが、もしあるのなら誰しも欲しかった。しかし、そういう物の一つも見えない水平線の彼方に、ぽっと射《さ》し露《あら》われて来た一縷《いちる》の光線に似たうす光が、あるいはそれかとも梶は思った。それは夢のような幻影としても、負け苦しむ幻影より喜び勝ちたい幻影の方が強力に梶を支配していた。祖国ギリシャの敗戦のとき、シラクサの城壁に迫るローマの大艦隊を、錨《いかり》で釣り上げ投げつける起重機や、敵船体を焼きつける鏡の発明に夢中になったアルキメデスの姿を梶はその青年|栖方《せ
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