五だッ。」
 閃《ひら》めくような栖方の答えは、勿論《もちろん》、このとき梶には分らなかった。しかし、梶は、訊《き》き返すことはしなかった。その瞬間の栖方の動作は、たしかに何かに驚きを感じたらしかったが、そっとそのまま梶は栖方をそこに沈めて置きたかった。
「あの扇風機の中心は零でしょう。中の羽根は廻《まわ》っていて見えませんが、ちょっと眼を脱《はず》して見た瞬間だけ、ちらりと見えますね。あの零から、見えるところまでの距離の率ですよ。」
 間髪を入れぬ栖方の説明は、梶の質問の壺《つぼ》には落ち込んでは来なかったが、いきなり、廻転している眼前の扇風機をひっ掴《つか》んで、投げつけたようなこの栖方の早業には、梶も身を翻す術《すべ》がなかった。
「その手で君は発明をするんだな。」
「おれのう、街を歩いていると、石に躓《つまず》いてぶっ倒れたんです。そしたら、横を通っていた電車の下っ腹から、火の噴いてるのが見えたんですよ。それから、家へ帰って、ラジオを点《つ》けようと思って、スイッチをひねったところが、ぼッと鳴って、そのまま何の音も聞えないんです。それで、電車の火と、ラジオのぼッといっただけの音
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