しく黙っていた。前後を通じて栖方が梶に不満な表情を示したのは、このときだけだった。
「そんなところを見せてもらっても、僕には何の益にもならんからね。見たって分らないんだもの。」
これは少し残酷だと梶は思いもした。しかし、梶には、物の根柢《こんてい》を動かしつづけている栖方の世界に対する、云いがたい苦痛を感じたからである。この梶の一瞬の感情には、喜怒哀楽のすべてが籠《こも》っていたようだった。便便として為すところなき梶自身の無力さに対する嫌悪や、栖方の世界に刃向う敵意や、殺人機の製造を目撃する淋しさや、勝利への予想に興奮する疲労や、――いや、見ないに越したことはない、と梶は思った。そして、栖方の云うままには動けぬ自分の嫉妬《しっと》が淋しかった。何となく、梶は栖方の努力のすべてを否定している自分の態度が淋しかった。
「君、排中律をどう思いますかね、僕の仕事で、いまこれが一番問題なんだが。」
梶は、問うまいと思っていたことも、ついこんなに、話題を外《そ》らせたくなって彼を見た。すると、栖方は「あッ、」と小声の叫びをあげて、前方の棚の上に廻転《かいてん》している扇風機を指差した。
「零点
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