ルタンの城市に拡つた。
「大いなる神は怒つた。ガルタンは絶滅するであらう。」
 恐怖の波が人々の胸から胸を揺るいでいつた。ガルタンの大路小路では、叩かれたやうに乱舞が止まつて祈りの声が空に上つた。その昔美しい妻を奪はれた独身者のカンナは、その夜、竊に階上の観台からガルタンの城市を見下した。
「ガルタンよ、爾は爾の醜き慣習のために滅落するであらう。嗚呼ガルタンよ。滅亡せよ。今や爾は吾のためにバタラビンの池のごとく亡びるときが来た。」
 彼は醜い顔に市民に放つ復讐の微笑を浮べながら、酒を呷つて首筋の動脈を切断した。併し、彼はふと傍に立つてゐる飲み干した酒甕に気がつくと、その日会堂を震はせた自分の堂々たる雄弁と、酒甕と、自分の死体とを思ひ比べて物語つてゐる市民の言葉が浮んで来た。
「賢者は死んだ。賢者は自殺を怖れて美酒を飲んだ。賢者の言葉はエルサレムの卜者のやうに嘘言である。」
 彼は酒甕を抱いて立ち上つた。そして、蹌踉として円柱を辿りながら部屋の中を廻り始めたが、四方の壁となつて積み上げられた哲学書の山々は、到る所でその偽善を湛へた酒甕の隠匿所になることを許さなかつた。が、最後に彼は庭園の
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