「ヘルモンの山を下りよ。ガルタンの市民はカイザリアへ逃げよ。」
「空は続いてゐる。」と一人は云つた。
「ガルタンを捨てて、ボルペレオンへ行け。」
「見よ、ヘルモンを下る大道は瀑布である。」
「ガルタンを守れ。雲は空の如く大きくはない。」
「日々に隙間を拡げるガルタンの穀庫は七つである。」
 会堂は静まつた。滔々として山から落ちる瀑布の音は高まつた。その時、立ち上つた哲学者は名高い醜男のカンナであつた。
「ガルタンの哲学者らよ、卿等は賢明の武器を捨てゝ、卿等の祖父と父と妻とを吾に告げよ。卿等の子と孫とをガルタンに捜せ。嗚呼ガルタンの道念は、地に倒れたソロモンの旗の如く穢された。ガルタンの哲学者らよ、卿等は碧玉を飾つた裸形の首と、杯盤の香りを忘れて空を見よ。大いなる神は怒つた。ガルタンの市民は、マハナイムの祭りに焼かれた犠牲のごとくヘルモンの山上に載るであらう。嗚呼ガルタンの哲学者らよ。卿等は額に服罪の水を受けてガルタンを神に返せ。今や吾がガルタンの上には、滅亡と共に神の浄き恵与物が自殺となつて下つてゐる。」
 会堂に並んだ哲学者達の面色は蒼然として変つて来た。会合の詳細な報告は直ちにガ
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