つて拳を振つた。
「吾らの市民よ、ガルタンに危機が来た。ヘルモンの山に危機が来た。」
 彼らは直ぐさま酒甕へその唇をあてながら、酒舖や劇場へ雪崩れ込むと、魚のやうにべた/\と大理石や白檀の上へ酔ひ潰れて又叫んだ。
 けれども、雨は降り続いた。日に日に市民の死者が急激に増加した。それら死者の顔は老若男女に拘らず、皆一様に老耄の相に変つてゐて、歯は揺るぎ、窪んだ肉の影には岩のやうに疥癬の巣を張らせ、さうして、彼らの頭髪は引けば茄だつた芋毛のやうにぼく/\と※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77、198−1]れて来た。
 或る日、ガルタンの哲学者らは尽く市の会堂に聚められると、此の未曾有の大降雨の原因と、それに応ずる救済方法に関して執政官の面前で論争させられた。或る哲学者はガルタンがヘルモン山上に位置するを以つてと云ひ、或る者は新生の惑星が城市の上空を飛遊しつつあるが故と論じ、またある者は、数千年に一度飛翔し来る雲の大塊が、今やその動力を失つて彷徨しつゝあるを以つてと結論した。併し、此れらの様々の言葉は、夫々皆降雨に応ずる救済方法に関しては忘却の態度を装つた。が、中の一人は口を開いた。
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