の標に、彼らの蒼ざめた顔が高窓の上と下とでげら/\と笑ひ合つた。
日に日に酒甕を冠つて横たはつてゐる酔漢が、歩道や廻廊や石階の上に増して来た。
「ガルタンの空は旱魃である。」
「ガルタンの市民は、レバノンの戍楼《やぐら》のごとく干されるであらう。」
彼らは瞞着した皮肉を浮べながら、酒舖から酒舖へ蹣跚として蹌踉めいていつた。が、彼らの頭は夜が来ると一様に冴え渡つた。時々深夜に狂つた管絃楽が突発した。すると、忽ち城市の方々からは、乱雑な舞踏が一斉に爆けた鋼螺《バネ》線のやうに噴出した。不眠に懊む者達は寝台の上から飛び降りた。さうして、彼らは何時の間にか、見ず知らずの者達と一つの集団を作りながら、歩道や廻廊の上を暴徒《モツブ》のやうに躍り廻つてゐる自分を知つた。が立ち停つて顔を見合せた瞬間、彼らは不可解な憎悪を感じて互に侮蔑の視線を投げ合ふと又躍つた。
併し、雨はへルモンの山に降り続いた。
「吾らの市民よ、ガルタンに危機が来た。へルモンの山に危機が来た。」
大道の四つ角で、片腕に酒甕を抱いたまゝ掌を振つて群衆に叫ぶ志士が現れた。すると、直ちに聴衆はなくなつて群衆は尽くその場で志士とな
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