すると、突然一人の頭の中ヘカンナの予言が浮び上つた。彼の垂れ下つた両手は遽にぶる/\と慄へて来た。
「吾らは絶滅するであらう。」
彼の叫びを聞くと同時に、他の一人の眼は急に光りを発して拡がつた。
「何に故か!」
「吾らは絶滅するであらう!」
「何に故か!」
二人は肩を掴み合つた。さうして、仇敵のやうに相手の眼の中を覗き込むと、無言のまま激しくその肩を揺り合つた。と、二人は相手かまはず過去の鬱積した憤怒を一時に爆発させて、互に掴んだ肩を突き放した。
「涜神者!」
「姦淫者!」
「簒奪者!」
「欺瞞者!」
二人は餓ゑた白痴のやうに顔を振りながら、大道を彷徨ひ歩いてまた往き合ふ人々を罵つた。
「ガルタンを滅亡せしめたのは爾である。ガルタンを吾に返せ。」
「爾のためにガルタンは滅亡した。ガルタンを吾に返せ。」
大路の人々は立ち所に酒甕で二人を打つた。が、二人は酒甕の破片を全身に突き立てたまゝ、尚知らざるごとく人々の間を吠え狂ふと、その声を聞きつけた者達は、一斉に忘却してゐたガルタンの記憶を投げつけられて戦慄した。と、忽ち彼らは二人に感染した狂人のやうに怒り出すと、また相手かまはず往き合ふ人々を打ち叩いて罵り合つた。
「ガルタンを滅亡せしめたのは爾である。ガルタンを吾に返せ。爾のためにガルタンは滅亡した。ガルタンを吾に返せ。」
大路の上を車輪や礫が酒甕の破片と共に飛び廻つた。が、更に怒の群れは死骸や蠢動する負傷者を蹂躙して、ドアーや窓から四方の屋内に闖入した。そこでは楽器や倒れた彫像や寝台や敷石が、飛び散る血潮のために見る/\新鮮に塗り変へられた。さうして、この狂つた憤怒の集団は、絶望に煽られたガルタンの恐怖の上を、不規則な雲のやうな形を描きつゝ、壁を突き破り石塀を乗り越えて火を待つ油のやうに益々四方へ追ひ拡がつた。それはその狂気の行く先き先きに、恰も無数の怨恨が声を潜めて地に鬱伏してゐたかのやうであつた。それは夜となく昼となく中間を空虚にして続いていつた。併し、この狂暴の最後に残つた勇者らは、その体躯を打ち衝る目あての物が、たゞ堅牢な石壁や石柱や樹木となつてゐるのに気付いたとき、彼らは蹌踉めきながら半眼を開いたまゝ、唖者のやうに黙つて終日同じ所を歩き廻つた。が、彼らの中の多くの者は、石柱や石塀に突き衝つて倒れると最早再びとは起き上つて来なかつた。ヘルモンの山上から
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