負うのは断念したらしく、旅の道連れという顔つきで千枝子と暢気《のんき》に並んで歩き出した。
 定雄は傾きかかった気持ちもようやく均衡の取れて来るのを感じた。しかし、清は母と父とが自分のことで先から険悪になりかかっているのを感じているので、定雄が傍へ近づくとすぐ千枝子の身近へひっついて歩いた。定雄はこれから次ぎのケーブルまでこの婆さんがついて来るのだと思うと、気持ちを直してくれた婆さんであるにもかかわらず、先のいらだたしさがいつまた絡《から》みついて来るか知れない不安さを感じたので、今度は一番先頭に立って歩いていった。彼は歩きながらも、いま一人ここを歩いていたのでは今以上の満足を感じないであろうと思った。彼は幾度も京からこの道を通ったにちがいない伝教が、このあたりで、どんな満足を感じようとしたのかと、ふと雪路を歩いて浮ぶ彼の孤独な心理について考えてみた。伝教とて一山をここに置く以上は、衆生《しゅじょう》済度の念願もこのあたりの淋《さび》しさの中では、凡夫の心頭を去来する雑念とさして違う筈《はず》はあるまいと思われた。しかし、そのとき、定雄の頭の中には、京都を見降ろし、一方に琵琶湖の景勝を
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