と定雄はまた云った。
「いいわ。歩けるわね」と千枝子は後ろの清を振り返った。
「それでも、まだまだ遠いどすえ。こんなお子さんで歩けやしまへんが、安う負けときますわ」と婆さんは云いながら、今度は清と定雄の間へ割り込んで来た。
「でも、この子は足が強いんですから、もういいんですの」
「負ってもらえ負ってもらえ」と定雄は云った。
「だって、もうすぐなんでしょう」と千枝子は婆さんに訊《たず》ねた。
「まだまだありますえ。安うお負けしときますがな。二十銭でいきますわ。どうせ帰りますのやで、一つ負わしておくんなはれ」
あくまで擦《す》りよって歩いて来る婆さんに、千枝子も根負けがしたらしく、
「清ちゃん、どうする。おんぶして貰う?」と訊ねた。
「僕、歩く」と清は云って婆さんから身を放した。
こんなときには、長く一人児だった清はいつも母親の方の味方をするに定《きま》っていた。
「あなた坂本まで帰るんですの」と千枝子は婆さんに訊ねた。
「ええ、そうです。毎日通ってますのや」
「おんぶして貰う人ありまして、こんなとこ?」
「このごろはあんまりおへんどすな。毎日手ぶらどすえ」と婆さんは云ったが、もう清を
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