と離れた木蔭へ隠れて口笛を吹くと囮も切に彼方で真似た。然れ共中々彼女はやつて来なかつた。私は終ひには何もかも悉皆忘れて了つて、背負つてゐる弟の由を径傍へ下して寝転び乍ら椿の花を裂いては中の蜜を啜り始めた。由も食物と思つたのかして、私の捨てた啜りさがしの花を、口のあたりへにじり付けたので、低い鼻面を真黄にさしてゐた。夕暮近くなつて全く思ひもかけなかつた時、突然目白の金切声が聞えた。私は周章て走つて行つて見ると、未だ雛上りの若々しい彼女が、両翅にベツトリ黐を引付けて、熊笹の中でバタ/\やつてゐた。私が彼女を拾い上げた時、彼女は切と悲しさうに啼き立てた。私は誇つてやる人がゐないので由の前へ出した。「鳥、鳥」と弟は嬉しさうに手を振つたかと思ふとギユツと彼女の首を握つた。私は急いで奪ひ返して見ると、死んでゐなかつたので、柔かく由の頭を張つた。「阿呆やなお前は」
 彼女はそれから数日と云ふもの、私の心尽しの摺餌を余り口にしなかつた。それ所か傍へ寄つても激しく鳴いて、狭い籠の中を縦横に飛び廻つた。が、二月程経つた頃にはもう私に馴れて了つて、手をさし入れても静かにしてゐた。彼女はその一夏を古い囮から唄
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング