急に開くと、そこへ現れたのは反絵《はんえ》であった。彼は二人の姿を見ると突き立った。が、忽《たちま》ち彼の下顎は狂暴な嫉妬《しっと》のために戦慄した。彼は歯をむき出して無言のまま猛然と反耶の方へ迫って来た。
「去れ。去れ。」と反耶はいって卑弥呼の傍から立ち上った。
 反絵は、恐怖の色を浮かべて逃げようとする反耶の身体を抱きかかえると、彼を円木《まろき》の壁へ投げつけた。反耶の頭は逆様《さかさま》に床を叩いて転落した。反絵は腰の剣《つるぎ》をひき抜いた。そうして、露わな剣を跳《は》ねている兄の脇腹へ突き刺した。反耶は呻《うめ》きながら刺された剣を握って立ち上ろうとした。が、反絵は再び彼の胸を斬《き》り下《さ》げた。反耶は卑弥呼の方へ腹這《はらば》うと、彼女の片足を攫《つか》んで絶息した。しかし卑弥呼は横たわったまま身動きもせず、彼女の足を握っている王の指先を眺めていた。反絵はまた陽《ひ》に逢《あ》わぬ影のように青黒くなって反耶の傍に突き立っていた。やがて、反絵の手から剣が落ちた。静かな部屋の中で、床に刺って横に倒れる剣の音が一度した。
「卑弥呼、我は兄を殺した。爾《なんじ》は我の妻になれ
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