に代ってその微笑の中に潜《ひそ》んだものは、ただ怨恨を含めた惨忍な征服慾の光りであった。

       十八

 耶馬台《やまと》の宮の若者たちは、眼を醒《さ》ますと噂《うわさ》に聴いた鹿の美女を見ようとして宮殿の花園へ押しよせて来た。彼らの或《ある》者は彼女に食わすがために、鹿の好む大バコや、百合根《ゆりね》を持っていた。しかし、彼らの誰もが鹿の美女を捜し出すことが出来なくなると、やがて庭園に積まれた鹿の死体が彼らの手によって崩し出された。その時、君長《ひとこのかみ》反耶《はんや》の命を受けた一人の使部《しぶ》は厳かな容姿を真直ぐに前方へ向けながら、彼らの傍を通り抜けて石窖《いしぐら》の方へ下っていった。若者たちの幾らかは直ちに彼の後から従った。使部は石窖の前まで来るとその閂《かんぬき》をとり脱《はず》し、欅《けやき》の格子《こうし》を上に開いて跪拝《ひざまず》いた。
「王は爾《なんじ》を待っている。」
 間もなく若者たちは、暗い石窖の中から現れた卑弥呼《ひみこ》の姿を見ると、斉《ひと》しく足を停めて首を延ばした。彼女は入口に倒れている訶和郎《かわろ》を抱き上げるとそこから動こうと
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