の群から放れて、ひとり山腹へ引き返して来た武将があった。それはかの君長《ひとこのかみ》の弟の反絵であった。彼は芒《すすき》の中に立《た》ち停《どま》ると、片眼で山上に揺られている一本の蜜柑の枝を狙《ねら》って矢を引いた。蜜柑の枝は、一段と闇の中で激しく揺れた。訶和郎の首は、猟人の獲物《えもの》のように矢の刺った胸の上へ垂れ下った。間もなく、濃霧は松明の光りをその中にぼかしながら、倒れた芒の原の上から静にだんだんと訶和郎の周囲へ流れて来た。
十五
耶馬台《やまと》の兵士《つわもの》たちが彼らの宮へ帰ったとき、卑弥呼《ひみこ》はひとり捕虜の宿舎にあてられる石窖《いしぐら》の中に入れられた。それは幸運な他国の旅人に与えられる耶馬台の国の習慣の一つであった。彼女の石窖は奥深い石灰洞から成っていた。数本の鍾乳石《しょうにゅうせき》の柱は、襞打《ひだう》つ高い天井の岩壁から下っていた。そうして、僅《わず》かに開けられた正方形の石の入口には、太い欅《けやき》の格子《こうし》が降《おろ》され、その前には、背中と胸とに無数の細い蜥蜴《とかげ》の絵でもって、大きな一つの蜥蜴を刺青《ほり
前へ
次へ
全116ページ中55ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング