平線へ朱《しゅ》の一点となって没していった。不弥《うみ》の宮《みや》の高殿《たかどの》では、垂木《たるき》の木舞《こまい》に吊《つ》り下《さ》げられた鳥籠《とりかご》の中で、樫鳥《かけす》が習い覚えた卑弥呼《ひみこ》の名を一声呼んで眠りに落ちた。磯《いそ》からは、満潮のさざめき寄せる波の音が刻々に高まりながら、浜藻《はまも》の匂《にお》いを籠《こ》めた微風に送られて響《ひび》いて来た。卑弥呼は薄桃色の染衣《しめごろも》に身を包んで、やがて彼女の良人《おっと》となるべき卑狗《ひこ》の大兄《おおえ》と向い合いながら、鹿の毛皮の上で管玉《くだだま》と勾玉とを撰《え》り分《わ》けていた。卑狗の大兄は、砂浜に輝き始めた漁夫の松明《たいまつ》の明りを振り向いて眺めていた。
「見よ、大兄、爾《なんじ》の勾玉は玄猪《いのこ》の爪《つめ》のように穢《けが》れている。」と、卑弥呼はいって、大兄の勾玉を彼の方へ差し示した。
「やめよ、爾の管玉は病める蚕《かいこ》のように曇っている。」
 卑弥呼のめでたきまでに玲瓏《れいろう》とした顔は、暫《しばら》く大兄を睥《にら》んで黙っていた。
「大兄、以後我は玉の代り
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