造って、静々と屍を踏みながら進んで来た。彼らの連なった楯の上からは油を滲《にじ》ませた茅花《つばな》の火口《ほぐち》が鋒尖につきささられて燃えていた。彼らは奴国の陣営真近く迫ったときに、各々その鋒尖の火口を芒の中へ投げ込んだ。奴国の兵は直ちに足で落ち来る火口を踏みつけた。しかし、彼らの頭の上からは、続いて無数の投げ槍と礫《つぶて》が落ちて来た。それに和して、耶馬台の軍の喊声《かんせい》が、地を踏み鳴らす跫音《あしおと》と一緒に湧き上った。消え残った火口《ほぐち》の焔《ほのお》は芒の原に燃え移った。奴国の陣営は竹の爆《はじ》ける爆音を交えて濛々《もうもう》と白い煙を空に巻き上げた。長羅は全軍を森の傍まで退却させた。そうして、兵を三団に分けると、最も精鋭な一団を自分と共に森へ残し、他の二団をして、立ち昇る白煙に隠れて川上と川下に別れさせた。分れた二団の軍兵は鋒と剣を持って、砂地の上の耶馬台の軍を両方から一時にどっと挾撃した。白煙の中へ矢を放っていた耶馬台の軍は散乱しながら対岸の陣地の中へ引き返した。奴国の二団は川の中央で一つに合すると、大集団となって逃げる敵軍の後から追撃した。そうして、今や彼らは敵の陣営へ殺倒しようとしたときに、新たなる耶馬台の軍が、奴国の密集団を中に挾んで芒の中から現れた。彼らは奴国の密集団と同じく鋒と剣を持って、喊声を上げつつ堂々と二方から押し寄せて来た。長羅は自国の軍が敵軍に包まれたのを見てとると、残った一団を引きつれて斜に火の消えた芒の原を突き破って現れた。耶馬台の軍は彼の新らしき一軍を見ると、奴国の密集団を包んだまま急に進行を停止した。長羅は自分の後ろに一団を張って敵の大団に対峙しながら動かなかった。その時、対岸の芒の中から、逃げ込んだ耶馬台の兵の一団が、再び勢いを盛り返して進んで来た。と、三方から包まれた奴国の密集団は渦巻《うずま》きながら、耶馬台の軍の右翼となった大団の中へ殺倒した。それと同時に、かの芒の中から押し返した敵の一団は、投げ槍を霜のように輝かせて動乱する奴軍の中へ突入した。忽《たちま》ち、動揺《どよ》めく人波の点々が、倒れ、跳ね、躍《おど》り、渦巻くそれらの頭上で無数の白い閃光《せんこう》が明滅した。と、やがて、その殺戮《さつりく》し合う人の団塊は叫喚しながら紅《くれない》となって、延び、縮み、揺れ合いつつ次第に小さく擦《す》り減《へ》って行くと、遽《にわか》に長羅の動かぬ一団の方へ潮《うしお》のように崩れて来た。それに和して、今まで彼と対峙《たいじ》して止どまっていた耶馬台の左翼の軍勢も、一時に鯨波《とき》の声を張り上げて彼の方へ押し寄せた。長羅の一団は彼を捨てて崩れて来た。長羅は一人馬上に踏みとまって、「返せ、返せ。」と叫び続けた。
 その時、放してあった一人の奴国の斥候が彼の傍へ馳け寄って来ると、手を喇叭《らっぱ》のように口にあてて彼に叫んだ。
「不弥《うみ》の女を我は見た。見よ、不弥の女は赤い衣を纏《まと》っている。」
 長羅は彼の指差す方を振り向いた。そこには、肉迫して来る刃《やいば》の潮の後方に、紅の一点が静々《しずしず》と赤い帆のように彼の方へ進んでいた。長羅はひらりと馬首を敵軍の方へ振り向けた。馬の腹をひと蹴り蹴った。と、彼は無言のままその紅の一点を目がけて、押し寄せる敵軍の中へただ一騎|驀進《ばくしん》した。鋒《ほこ》の雨が彼の頭上を飛び廻った。彼は楯《たて》を差し出し、片手の剣《つるぎ》を振り廻して飛び来る鋒を斬《き》り払《はら》った。無数の顔と剣が彼の周囲へ波打ち寄せた。彼の馬は飛び上り、跳ね上って、その人波の上を起伏しながら前へ前へと突き進んだ。長羅の剣は馬の上で風車のように廻転した。腕が飛び、剣が飛んだ。ばたばたと人は倒れた。と、急に人波は彼の前で二つに割れた。
「卑弥呼。」長羅の馬は突進した。そのとき、片眼の武将を乗せた黒い一騎が砂地を蹴って彼の前へ馳けて来た。
「聞け、我は耶馬台の王の反絵《はんえ》である。」
 長羅の馬は突き立った。そうして、反絵の馬を横に流すと、円を描いて担《かつ》がれた高座《たかざ》の上の卑弥呼の方へ突進した。
 卑弥呼の高座は、彼の馬首を脱しながら反絵の後へ廻っていった。長羅は輝いた眼を卑弥呼に向けた。
「卑弥呼。」
 彼は馬を蹴ろうとすると、再び反絵の馬は疾風のように馳《か》けて来た。と、長羅は突然馬首を返すと、反絵の馬に向って突撃した。二頭の馬は嘶《いなな》きながら突き立った。楯が空中へ跳ね上った。再び馬は頭を合せて落ち込んだ。と、反絵の剣は長羅の腹へ突き刺さった。同時に、長羅の剣は反絵の肩を斬り下げた。長羅の長躯は反絵の上に躍り上った。二人の身体は逆様《さかさま》に馬の上から墜落すると、抱き合ったまま砂地の上を転った。蹴り合い、
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