、彼の狂暴な熱情と力とは、前から、国境に立ち昇る夜の噴火の柱と等しい恐怖となって映っていたのであったから。しかし、君長《ひとこのかみ》の葬礼は宮人《みやびと》たちの手によって、小山の頂きで行われた。二人の宿禰《すくね》と九人の大夫《だいぶ》に代った十一の埴輪《はにわ》が、王の柩《ひつぎ》と一緒に埋められた。そうして、王妃と、王の三頭の乗馬と、三人の童男とは、殉死者として首から上を空間に擡《もた》げたままその山に埋められた。貞淑な王妃を除いた他の殉死者の悲痛な叫喚は、終日終夜、秋風のままに宮のうえを吹き流れた。そうして、次第に彼らの叫喚が弱まると一緒に、その下の耶馬台の宮では、着々として戦《たたかい》の準備が整《ととの》うていった。先ず兵士《つわもの》たちは周囲の森から野牛の群れを狩り集めることを命ぜられると、次に数千の投げ槍と楯《たて》と矢とを造るかたわら、弓材となる梓《あずさ》や檀《まゆみ》を弓矯《ゆみため》に懸《か》けねばならなかった。反絵は日々兵士たちの間を馳け廻っていた。しかし、彼の卑弥呼を得んとする慾望はますます彼を焦燥せしめ、それに従い彼の狂暴も日に日にその度を強めていった。彼は戦々兢々《せんせんきょうきょう》として馳け違いながら立ち働く兵士たちの間から、暇ある度に卑弥呼の部屋へ戻って来た。彼は彼女に迫って訴えた。しかし、卑弥呼の手には絶えず抜かれた一本の剣《つるぎ》が握られていた。そうして、彼女の答えは定《きま》っていた。
「待て、奴国《なこく》の滅びたのは今ではない。」
反絵はその度に無言のまま戸外へ馳け出すと、必ず彼の剣は一人の兵士を傷つけた。
二十五
奴国《なこく》の宮では、長羅《ながら》は卑弥呼《ひみこ》を失って以来、一つの部屋に横たわったまま起きなかった。彼は彼女を探索に出かけた兵士《つわもの》たちの帰りを待った。しかし、帰った彼らの誰もは弓と矢を捨てると黙って農夫の姿に変っていた。長羅は童男の運ぶ食物にも殆《ほとん》ど手を触れようともしなくなった。そればかりでなく、最早《もは》や彼を助ける一人残った祭司の宿禰《すくね》にさえも、彼は言葉を交えようとしなかった。そうして、彼の長躯《ちょうく》は、不弥《うみ》を追われて帰ったときの彼のごとく、再び矛木《ほこぎ》のようにだんだんと痩《や》せていった。彼の病原を洞察した宿禰は、
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