《さいだいもんだい》である岩漿分化《がんしょうぶんか》と母液《ぼえき》との関係《かんけい》の説明《せつめい》に這入《はい》って刺《さ》され出《だ》したのだが、Aは突然《とつぜん》、黒曜石《こくようせき》の結晶母液《けっしょうぼえき》となるべき硅酸《けいさん》の比重測定《ひじゅうそくてい》の方式《ほうしき》はダーウィンによって始《はじ》められたといい出《だ》したのだ。私《わたし》は無論《むろん》のことそこに並《なら》んでいた者達《ものたち》と同様《どうよう》に今《いま》までダーウィンを生物学者《せいぶつがくしゃ》だとばかり思《おも》っていたQにとって、これはあまりに意外《いがい》であった。もうそうなれば今《いま》までの問題《もんだい》であった熔岩中《ようがんちゅう》の各鉱物《かくこうぶつ》の比重差《ひじゅうさ》と沈澱位置《ちんでんいち》などということにかけてはAが最《もっと》もよく知《し》っているに定《きま》っているのだ。座《ざ》はそれから次第《しだい》に結晶学《けっしょうがく》の法則《ほうそく》そのままの形《かたち》をとり始《はじ》め、その各人《かくじん》の比重《ひじゅう》に従《したが》って沈《しず》み出《だ》した。私《わたし》はQよりはるかに劣《おと》っている自分《じぶん》を考《かんが》え、そのQよりもはるかに優《すぐ》れたAを考《かんが》え、そのAと自分《じぶん》との比較《ひかく》すべくもなき素質《そしつ》の距離《きょり》を考《かんが》えると、もう自分《じぶん》の運命《うんめい》さえ判然《はんぜん》となって眼《め》の前《まえ》に現《あらわ》れ出《だ》したのだ。私《わたし》の頭《あたま》はそれからいよいよ謙遜《けんそん》になる一|方《ぽう》であった。Qに対《たい》しては勿論《もちろん》のこと、他《た》の友人《ゆうじん》や隣人《りんじん》、長上《ちょうじょう》や年少《ねんしょう》の者《もの》に対《たい》してさえも私《わたし》は頭《あたま》を上《あ》げることが出来《でき》なくなった。私《わたし》が神《かみ》のことを考《かんが》え出《だ》したのもつまりはそのときからである。人《ひと》の肉体《にくたい》が皆《みな》それぞれ尽《ことごと》く同数《どうすう》の筋肉《きんにく》と骨格《こっかく》とを持《も》っているにも拘《かかわ》らず、この素質《そしつ》の不均衡《ふきんこう》は何事《なにごと》であろうか、と考《かんが》えたのが神《かみ》への一|歩《ぽ》の私《わたし》の近《ちか》づきであった。今《いま》思《おも》えば私《わたし》がこの探索《たんさく》の方向《ほうこう》をもったということが、私達《わたしたち》友人《ゆうじん》の中《なか》での特長《とくちょう》ある素質《そしつ》であったことに気《き》がつくのだが、そのときはそれが私《わたし》の友人達《ゆうじんたち》からの敗北《はいぼく》の結果《けっか》だとばかりより思《おも》えなかった。それ以後《いご》の私《わたし》の謙譲《けんじょう》さは私《わたし》とQとの間《あいだ》を一|層《そう》親《した》しく接近《せっきん》せしめるばかりであった。Qは私《わたし》にはことごとに助力《じょりょく》を与《あた》え、私《わたし》の性格《せいかく》を友人中《ゆうじんちゅう》並《なら》ぶものもなく高《たか》いといい、私《わたし》の頭脳《ずのう》の速度《そくど》の遅《おそ》い原因《げんいん》を過度《かど》の頭《あたま》の良《よ》さが常《つね》に逆《ぎゃく》に働《はたら》くがためだと賞《ほ》め、発見力《はっけんりょく》や発明力《はつめいりょく》はQやAの頭《あたま》の働《はたら》きにはなく常《つね》に私《わたし》の頭《あたま》の逆廻転力《ぎゃくかいてんりょく》にあるという。それのみならず彼《かれ》は私《わたし》とリカ子《こ》を近《ちか》づけることに喜《よろこ》びを感《かん》じるかのように彼女《かのじょ》と私《わたし》とを労《いた》わるのだ。私《わたし》はQがそのようにも変《かわ》り始《はじ》めたことについては、それが彼《かれ》の美徳《びとく》の当然《とうぜん》の現《あらわ》れだと思《おも》う以外《いがい》には感《かん》じることが出来《でき》なかった。そうして、私《わたし》とリカ子《こ》とはいつの間《ま》にかQの寛大《かんだい》さに甘《あま》えて結婚《けっこん》する破目《はめ》になった。それは私《わたし》が彼女《かのじょ》を最初《さいしょ》に誘惑《ゆうわく》したのか彼女《かのじょ》に私《わたし》が誘惑《ゆうわく》されたのか分《わか》らぬのだが、その時《とき》家中《うちじゅう》に誰《たれ》も人《ひと》がいなかったということが二人《ふたり》の不幸《ふこう》の原因《げんいん》を造《つく》ったのだ。ただ私《わたし》はそのときい
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