しょ》を眺《なが》めて心《こころ》を沈《しず》め、あらゆる凡人《ぼんじん》の長所《ちょうしょ》を持《も》ち、心静《こころしず》かに悟得《ごとく》し澄《す》ましたような顔《かお》をし続《つづ》けてひそかに歎《なげ》き、闘《たたか》いを好《この》まず気品《きひん》を貴《とうと》んで下劣《げれつ》になり、――私《わたし》は私自身《わたしじしん》でまだかまだかと私《わたし》をやっつけ出《だ》すと、面前《めんぜん》のリカ子《こ》と一|緒《しょ》に兇暴《きょうぼう》に笑《わら》い出《だ》した。Qが陰《かげ》でひそかに私《わたし》の悪口《あっこう》をいったことが、今《いま》は私《わたし》に彼《かれ》への尊敬《そんけい》の念《ねん》を増《ま》さしめるだけとなった。しかし、それにしても私《わたし》のこの心《こころ》の動《うご》きは本当《ほんとう》であろうか。私《わたし》の物《もの》の見方《みかた》は間違《まちが》いであるとしても、おのれの痛《いた》さを痛《いた》さと感《かん》じて喜《よろこ》ぶ人間《にんげん》は私《わたし》だけではないであろう。私《わたし》の豪《えら》さ、もしそれがあるなら、私《わたし》は私《わたし》の弱《よわ》さを強《つよ》さと感《かん》じないことだけだ。私《わたし》はリカ子《こ》にいった。お前《まえ》はいつの間《ま》にやら私《わたし》のびっくりするような女《おんな》の知識《ちしき》を探《さが》して来《き》たが、それはお前《まえ》がお前《まえ》とQとを滅《ほろ》ぼしていく知識《ちしき》であるだけで、結果《けっか》は私《わたし》を一|層《そう》救《すく》い上《あ》げていくにすぎないのだ。私《わたし》はお前《まえ》の落《おと》していくものをいつも拾《ひろ》ってばかりいるのを知《し》らないのか。お前《まえ》はお前《まえ》の落《おと》しているものが何《な》んであるのか知《し》らないのか。しかし、いくらいってもリカ子《こ》はただ自身《じしん》の投《な》げた言葉《ことば》のために蒼《あお》ざめているだけで、終《しま》いには私《わたし》の膝《ひざ》の上《うえ》で泣《な》きながらもう再《ふたた》びQの所《ところ》へは戻《もど》らないといい出《だ》した。私《わたし》はもう一|度《ど》彼女《かのじょ》をQの所《ところ》へ帰《かえ》すために、また偽《いつわ》りを並《なら》べて苦心《くしん》しなければならなかった。彼女《かのじょ》は私《わたし》を生臭坊主《なまぐさぼうず》といい、嘘《うそ》つきといい、弱虫《よわむし》といい、それからなお私《わたし》の悪口《あっこう》を探《さが》すために言葉《ことば》が詰《つ》まると、私《わたし》の手首《てくび》に噛《か》みついた。私《わたし》は彼女《かのじょ》を突《つ》き飛《と》ばして、お前《まえ》なんかを愛《あい》することは忘《わす》れているのだ。穢《けが》らわしい、帰《かえ》れ、といってもリカ子《こ》は再《ふたた》び私《わたし》の身体《からだ》に飛《と》びかかり、あなたは私《わたし》を愛《あい》している。いくら嘘《うそ》をいったって駄目《だめ》だといって私《わたし》から放《はな》れない。私《わたし》は――私《わたし》はそこで今迄《いままで》惨憺《さんたん》たる姿《すがた》をして漸《ようや》く崖《がけ》の上《うえ》まで這《は》い上《あが》った私《わたし》を、再《ふたた》び泥《どろ》の中《なか》へ突《つ》き落《おと》してしまったのだ。リカ子《こ》は私《わたし》の惨落《ざんらく》した姿《すがた》を見《み》ると急《きゅう》に生《い》き生《い》きと子供《こども》のようになり始《はじ》めた。それは喜《よろこ》ぶときの彼女《かのじょ》の癖《くせ》だ、しかし、それより彼女《かのじょ》にひとり置《お》かれたQはこれからどうするだろう。彼女《かのじょ》とまた一《ひと》つの生活《せいかつ》を続《つづ》けていかねばならぬ私《わたし》こそどうすれば良《よ》いのであろう。が、何《なに》はともあれ先《ま》ずその夜《よ》は一|度《ど》Qの家《いえ》へ帰《かえ》り、来《き》たければQにその事《こと》をいって更《あらた》めて来《く》るようにとリカ子《こ》をなだめて私達《わたしたち》二人《ふたり》は外《そと》へ出《で》た。外《そと》へ出《で》ると彼女《かのじょ》は通《とお》りがかりの神社《じんじゃ》の境内《けいだい》へ這入《はい》っていって鈴《すず》を振《ふ》った。その間《あいだ》私《わたし》はひとり門前《もんぜん》に立《た》ったまま宙《ちゅう》にぶらりと浮《う》き上《あが》っているかのような不安定《ふあんてい》な自分《じぶん》を感《かん》じていた。リカ子《こ》は神前《しんぜん》から戻《もど》って来《く》ると私《わたし》にそこの神前《しんぜん》へいっ
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