てお辞儀《じぎ》をせよという。私《わたし》はいやだといった。すると彼女《かのじょ》は私《わたし》のためにお辞儀《じぎ》をして来《き》てくれ、私《わたし》は長《なが》い間《あいだ》迷《まよ》い続《つづ》けて漸《ようや》く本当《ほんとう》のあなたの有《あ》り難《がた》さが分《わか》って来《き》たのだからそのためにでも一|度《ど》だけお辞儀《じぎ》をしてくれるようにという。しかし私《わたし》はまだ内心《ないしん》彼女《かのじょ》への怒《いか》りが沈《しず》まっていないのにお辞儀《じぎ》も出来《でき》ないのだ。私《わたし》は黙《だま》ってそのまま行《ゆ》き過《す》ぎようとした。しかしリカ子《こ》は私《わたし》の腕《うで》を持《も》って放《はな》さない。どうか私《わたし》のためだ、あなたのような良《よ》い人《ひと》を困《こま》らせ続《つづ》けた自分《じぶん》を思《おも》うと私《わたし》がいくらひとりでお辞儀《じぎ》をしたって駄目《だめ》だからという。いやだという。それでは私《わたし》はいつまでたったって罰《ばち》のあたり通《どお》しだ、あなたの所《ところ》へ来《き》たってもう私《わたし》には幸《しあ》わせがないといって泣《な》き始《はじ》めた。私《わたし》はリカ子《こ》の泣《な》くのを眺《なが》めていると心《こころ》が自然《しぜん》に折《お》れて来《く》るのを感《かん》じた。それにしても、さきにはあれほど私《わたし》を罵《ののし》っていたのに今《いま》は何《な》ぜこれほども惨《みじ》めに弱《よわ》っているのであろうか、これは多分《たぶん》猛々《たけだけ》しい女《おんな》の私《わたし》に負《ま》けていく姿《すがた》なのであろうと思《おも》いながらも、私《わたし》は彼女《かのじょ》の面部《めんぶ》を叩《たた》きつけるように頭《あたま》を屈《くっ》しなかった。するとリカ子《こ》は私《わたし》の身体《からだ》を無理矢理《むりやり》に神前《しんぜん》の方《ほう》へ向《む》けると頭《あたま》を上《うえ》から圧《お》さえるのだ。私《わたし》は怒《おこ》ることは出来《でき》ないのだがリカ子《こ》のその手《て》をはじき返《かえ》すと人込《ひとごみ》の中《なか》へ這入《はい》ろうとした。彼女《かのじょ》は私《わたし》を追《お》っ駈《か》けて来《く》るとまたいうのだ。あなたは私《わたし》に怒《おこ》っている、私《わたし》はあなたに怒《おこ》られたって仕方《しかた》がないが今日《きょう》だけは赦《ゆる》して欲《ほ》しい。自分《じぶん》は心《こころ》から改心《かいしん》しているのだからそれだけでも受《う》け入《い》れて貰《もら》いたい、もしあなたが私《わたし》の改心《かいしん》も突《つ》き放《はな》すなら自分《じぶん》は堕落《だらく》するより道《みち》がない。今《いま》私《わたし》を助《たす》けてほしい、頼《たの》むという。私《わたし》は何《なに》をまだ怒《おこ》り続《つづ》けているだろうかと思《おも》いながら前《まえ》に立《た》って歩《ある》くのだが、急《きゅう》にリカ子《こ》の萎《しお》れているのが憐《あわ》れになって、もうよしもうよしといってしまうのだ。これだからいけないと思《おも》ってまた彼女《かのじょ》を苦《くる》しめた長《なが》い時間《じかん》を思《おも》い出《だ》しては腹《はら》を立《た》てても直《す》ぐ駄目《だめ》になって自分《じぶん》よりリカ子《こ》の方《ほう》が可哀相《かあいそう》になってくるのである。どうしようもないこの自分《じぶん》に気《き》がつくと今度《こんど》は私《わたし》からいつの間《ま》にかQに対《たい》して頭《あたま》を下《さ》げているのである。恐《おそ》らくリカ子《こ》にしてもQにひそかに頭《あたま》を下《さ》げているのであろうと思《おも》うと私《わたし》はぜひ彼女《かのじょ》がそうであってくれれば良《よ》いと思《おも》い出《だ》した。私《わたし》はリカ子《こ》にお前《まえ》はQに対《たい》してさきから一|度《ど》でも謝罪《しゃざい》をしたことがあるか、と訊《き》いてみた。するとリカ子《こ》は黙《だま》っていていつまでも答《こた》えない。それで神前《しんぜん》へいってお辞儀《じぎ》をしたって何《なん》の役《やく》にも立《た》つかというと、そんなことをしてはあなたの有難《ありがた》さがなくなってしまうという。それではまたいつかお前《まえ》はQの所《ところ》へ舞《ま》い戻《もど》ってしまうにちがいないというと、リカ子《こ》はまた私《わたし》の後《うしろ》へ廻《まわ》って泣《な》き始《はじ》めた。私《わたし》は彼女《かのじょ》に自分《じぶん》がお前《まえ》にそういうことをいうのは自分《じぶん》のQとは比較《ひかく》にならぬ善良《ぜん
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