てお辞儀《じぎ》をせよという。私《わたし》はいやだといった。すると彼女《かのじょ》は私《わたし》のためにお辞儀《じぎ》をして来《き》てくれ、私《わたし》は長《なが》い間《あいだ》迷《まよ》い続《つづ》けて漸《ようや》く本当《ほんとう》のあなたの有《あ》り難《がた》さが分《わか》って来《き》たのだからそのためにでも一|度《ど》だけお辞儀《じぎ》をしてくれるようにという。しかし私《わたし》はまだ内心《ないしん》彼女《かのじょ》への怒《いか》りが沈《しず》まっていないのにお辞儀《じぎ》も出来《でき》ないのだ。私《わたし》は黙《だま》ってそのまま行《ゆ》き過《す》ぎようとした。しかしリカ子《こ》は私《わたし》の腕《うで》を持《も》って放《はな》さない。どうか私《わたし》のためだ、あなたのような良《よ》い人《ひと》を困《こま》らせ続《つづ》けた自分《じぶん》を思《おも》うと私《わたし》がいくらひとりでお辞儀《じぎ》をしたって駄目《だめ》だからという。いやだという。それでは私《わたし》はいつまでたったって罰《ばち》のあたり通《どお》しだ、あなたの所《ところ》へ来《き》たってもう私《わたし》には幸《しあ》わせがないといって泣《な》き始《はじ》めた。私《わたし》はリカ子《こ》の泣《な》くのを眺《なが》めていると心《こころ》が自然《しぜん》に折《お》れて来《く》るのを感《かん》じた。それにしても、さきにはあれほど私《わたし》を罵《ののし》っていたのに今《いま》は何《な》ぜこれほども惨《みじ》めに弱《よわ》っているのであろうか、これは多分《たぶん》猛々《たけだけ》しい女《おんな》の私《わたし》に負《ま》けていく姿《すがた》なのであろうと思《おも》いながらも、私《わたし》は彼女《かのじょ》の面部《めんぶ》を叩《たた》きつけるように頭《あたま》を屈《くっ》しなかった。するとリカ子《こ》は私《わたし》の身体《からだ》を無理矢理《むりやり》に神前《しんぜん》の方《ほう》へ向《む》けると頭《あたま》を上《うえ》から圧《お》さえるのだ。私《わたし》は怒《おこ》ることは出来《でき》ないのだがリカ子《こ》のその手《て》をはじき返《かえ》すと人込《ひとごみ》の中《なか》へ這入《はい》ろうとした。彼女《かのじょ》は私《わたし》を追《お》っ駈《か》けて来《く》るとまたいうのだ。あなたは私《わたし》に怒《おこ
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