以上《いじょう》にはもう考《かんが》えることが出来《でき》なかった。それで私《わたし》はお前《まえ》はそれでQを愛《あい》しているのかと訊《き》くと、愛《あい》してはいるが前《まえ》のようではない、私《わたし》はやはりあなたの方《ほう》を愛《あい》しているのだという、嘘《うそ》にしてもそれは私《わたし》には喜《よろこ》ばしいのだが、どうしてこういうことが喜《よろこ》ばしいのかもう私《わたし》は自分《じぶん》が分《わか》らなくなって来《き》た。いやそれよりあれほどもQを慕《した》いながら出《で》ていったリカ子《こ》が、まだ一|年《ねん》ともたたない今頃《いまごろ》どうしてこれほども変《かわ》って来《き》たのであろう。それは丁度《ちょうど》私《わたし》の家《うち》にいたときの彼女《かのじょ》がデアテルミイの醒《さ》めるに従《したが》って逃《に》げ出《で》たように、Qから逃《に》げ出《だ》して来始《きはじ》めたのも、Qの中《なか》に潜《ひそ》んでいた新《あたら》しいデアテルミイの私《わたし》が効力《こうりょく》を失《うしな》い出《だ》して来《き》たからではなかろうか。私《わたし》がリカ子《こ》と最初《さいしょ》に結婚《けっこん》する破目《はめ》になったのも、彼女《かのじょ》の身体《からだ》にデアテルミイが火《ひ》を点《つ》けたからにちがいないのだ。彼女《かのじょ》がQと結婚《けっこん》したのも、私《わたし》がデアテルミイのように彼女《かのじょ》に火《ひ》を点《つ》けていたからにちがいないのだ。そうしていままた彼女《かのじょ》が私《わたし》へ舞《ま》い戻《もど》って来始《きはじ》めたのは、Qのデアテルミイが彼女《かのじょ》に火《ひ》を点《つ》け返《かえ》して来《き》たのであろう。私《わたし》はこの女《おんな》がもう嫌《きら》いだ。出《で》ていけ、畜生《ちくしょう》、そう私《わたし》が黙《だま》って腹《はら》の中《なか》で叫《さけ》んでいると、リカ子《こ》は私《わたし》に考《かんが》えを与《あた》えないかのように、急《きゅう》に今迄《いままで》慎《つつし》んで来《き》たQの悪口《あっこう》を切《き》って落《おと》したようにいい始《はじ》めた。彼女《かのじょ》のいうにはあなたの悪口《あっこう》をいう、あなたがあれほどもQをひそかに賞《ほ》めているにも拘《かかわ》らずQはそれが反
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