いQの忍耐《にんたい》に対《たい》して、再《ふたた》び私《わたし》は今《いま》の私《わたし》の小《ちい》さい忍耐《にんたい》をもって対立《たいりつ》させねばならなかった。この奇怪《きかい》な忍悔《にんかい》の競争《きょうそう》の中《なか》で、リカ子《こ》はますます私《わたし》と結婚《けっこん》したことの後悔《こうかい》の重《おも》さのために縮《ちぢ》んで来《き》た。私《わたし》は彼女《かのじょ》の日々《ひび》の容子《ようす》をもう見《み》るに忍《しの》びなかったし、私自身《わたしじしん》ももうそれ以上《いじょう》このままの生活《せいかつ》には耐《た》えることが出来《でき》なくなった。或《あ》る日《ひ》私《わたし》は思《おも》いきってリカ子《こ》にQの所《ところ》へ行《ゆ》くようにとすすめてみた。一|度《ど》人《ひと》の妻《つま》になった身《み》だとはいえ、人《ひと》の妻《つま》などにさせたのはQではないか、しかもおのれの負《お》うべき石《いし》を私《わたし》に負《お》わしたのだ。私《わたし》がその石《いし》を再《ふたた》びQに返《かえ》したとて彼《かれ》が私《わたし》に怒《おこ》ることは出来《でき》ないであろうと私《わたし》がいうと、リカ子《こ》は顔《かお》を赧《あか》らめながら「行《ゆ》く」といった。そこで私《わたし》はリカ子《こ》をQの家《いえ》の門《もん》まで送《おく》ってゆきながら、途々《みちみち》、また私《わたし》はQとの「忍耐《にんたい》」の競争《きょうそう》においても彼《かれ》から敗《ま》かされたことに気《き》がついた。しかし、それからの私《わたし》ひとりの生活《せいかつ》の寂《さび》しさは彼女《かのじょ》を負《お》っていた日《ひ》の「忍耐《にんたい》」とは比《くら》べものにならなかった。殊《こと》にときどきリカ子《こ》はひとり私《わたし》の所《ところ》へ遊《あそ》びに来《く》るのだ。私《わたし》はリカ子《こ》に来《く》るなといっても是非《ぜひ》Qが私《わたし》の所《ところ》へゆけといってきかないという。それならなお来《き》てはいけないではないかというと、でも私《わたし》も来《き》てみたいのだと彼女《かのじょ》はいう。私《わたし》が来《く》るなといいQが行《ゆ》けというこの虔《つつ》ましやかな美徳《びとく》の点《てん》においてさえも、猶且《なおか》つ行
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