いたのだ。私《わたし》をも感動《かんどう》せしめるQの美徳《びとく》と才能《さいのう》とは二人《ふたり》の間《あいだ》を昔《むかし》から流《なが》れていたリカ子《こ》にだけ映《うつ》らない筈《はず》はないのである。間《ま》もなくリカ子《こ》の心《こころ》はQの幻想《げんそう》の為《ため》に日々《ひび》私《わたし》を忘《わす》れ出《だ》した。これをいい換《か》えると、その最初《さいしょ》に私《わたし》に身《み》を与《あた》えたリカ子《こ》の中《なか》からデアテルミイの効力《こうりょく》がだんだん影《かげ》を潜《ひそ》めて来始《きはじ》めたのだ。機械《きかい》と一|緒《しょ》になって彼女《かのじょ》を征服《せいふく》していた私《わたし》が機械《きかい》から去《さ》られると、それに代《かわ》るべき何《なに》ものかを彼女《かのじょ》に与《あた》えなければならなくなったのだ。しかし、私《わたし》にはそれが何《なに》ものであるか分《わか》らなかった。初《はじ》めの間《あいだ》は私《わたし》はリカ子《こ》のそれが頭脳《ずのう》の成長《せいちょう》だと思《おも》って忍《しの》んでいた。所《ところ》が彼女《かのじょ》はだんだん私《わたし》を突《つ》き除《の》けるばかりではない。一言《ひとこと》の争《あらそ》いにも彼女《かのじょ》はしまいにQの名《な》を出《だ》し、独《ひと》りいる時《とき》は絶《た》えず紙《かみ》の上《うえ》へQの名《な》を書《か》き、睡眠《すいみん》の時《とき》の囈言《うわごと》にもQの名《な》を呼《よ》び始《はじ》めた。私《わたし》は彼女《かのじょ》のそうすることには嫉妬《しっと》を感《かん》じないばかりか良人《おっと》の友人《ゆうじん》を愛《あい》することは最《もっと》も良人《おっと》を愛《あい》する証拠《しょうこ》であり最《もっと》も気品《きひん》のある礼譲《れいじょう》だとさえ思《おも》っていた。するとリカ子《こ》は私《わたし》のこの快活《かいかつ》な礼節《れいせつ》に対《たい》して一|層《そう》彼女《かのじょ》のその礼節《れいせつ》を適用《てきよう》させ、終《しま》いにはQは自分《じぶん》を私《わたし》が彼女《かのじょ》を愛《あい》していたよりも愛《あい》していたといい始《はじ》めた。そういわれると私《わたし》は何《なに》もいうことが出来《でき》なくなり、
前へ
次へ
全29ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング