人である。
 夜の九時過ぎに梶は友人と一緒に門扉《もんぴ》のボタンを押して女中に中へ案内された。中庭は狭くペンキの匂《にお》いがすぐ登る階段の白い両側からつづいて来た。階上の二十畳もあろうと思える客室の床は石だ。部厚い樫《かし》で出来ている床几《しょうぎ》のような細長い黒黒としたテーブルが一つ置いてある。正面の壁には線描の裸像の額がかかっているきりであるが、アフリカ土人の埋木の黒い彫刻が実質の素剛さで室内に知的な光りを満たしていた。梶は室内を眺めていてから横のテラスへ出た。そこには沢山の椅子が置いてあった。有名なモンマルトルの風車はすぐ面上の暮れかかっていく塔の上で羽根を休めていた。梶はその上に昇っている月を眺めながら、出て来るツァラアを待っていると、また来客が四人ほどテラスの椅子へ集って来た。皆芸術家たちで詩人、作家、彫刻家、美術雑誌の女社長等であった。間もなく六人七人と多くなって梶は紹介されるに遑《いとま》もないときツァラアが初めて現れた。
 ツァラアは少し猫背《ねこぜ》に見える。脊《せい》は低いがしっかりした身体である。声も低く目立たない。しかし、こういう表面絶えず受身形に見える
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