に、両翼を張った城壁のような石垣がある。その中央に古代の城門に似た鉄の黒い扉《とびら》がいつもぴったりと閉《しま》っているのを梶はしばしば通って見たことがあった。この建築は周囲一帯の壊れかかった古雅な趣きを満たしている風景の中では、丘の中堅をなしている堅固な支柱のごとき役目をしていた。これがツァラアの家だ。この建築は北欧風の鉄石のおもかげを保っているところから想像すると、あるいはイヴァアル・クロイゲルの設計になったものかもしれない。また彼の自殺が巴里で行なわれたからには、何事かこの家の鉄の扉がその秘密を知っているに相違あるまい。全世界を愚物の充満と見たクロイゲルの眼光がこの巴里を一望のうちに見降ろす丘の中腹に注がれたのは、いかにも革命児の睨《にら》みである。しかし、ツァラアはその義父のごとき実業家の集団に対して、まんまとスイスで一ぱい喰《く》わせた怪物だ。彼とクロイゲルとのこの家での漫然とした微笑は、ヨーロッパのある両極が丁丁《ちょうちょう》と火華《ひばな》を散らせた厳格な場であった。恐らくそれは常人と変らぬ義理人情のさ中で行われたことだろう。梶は知性とはそのようなものだと思っていた一
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