た女の詩人が興奮しながらツァラアに囁《ささや》いた。
「今日ピカソに逢ったら、いよいよピカソも左傾しちまって、バスチイユ騒動の壁画を画くんですって」
「そうだ、それが正しい」
こういう声を包んで一同の話はだんだん低く不安そうな沈黙に変っていった。フランスの左翼の芸術家たちは今は自身のために芸術を滅ぼす危機にのぞんでいるのだった。それとは反対に今梶は秩序のために芸術を滅ぼしつつある日本を思い浮べた。しかしそれはただに芸術のみではなかった。たしかに世界の進行のカーブは類例のない暗転の舞台に入りつつあるのだ。しかも、舞台を停めようとする無数の手は押すべきボタンを探し廻って分らぬのである。ただ世界はあるがままの姿をとってひとり暗澹《あんたん》と廻っているだけなのだ。梶はどこからか悪魔の笑声の聞えて来る思いのままに虚空を眺めているとき、人人は立ってツァラアに握手をした。それぞれ帰って行くのである。梶も友人と一緒に帰ろうとして握手をしようとすると、
「もうしばらくいませんか」
とツァラアは二人に云った。一同の姿が見えなくなるとツァラアは二人をつれて三階の自分の書斎に導いていった。そこにはテーブ
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