みえ》でやるのか責任を感じてやるのかと、この婦人が訊ねるんですよ」
 と梶に説明した。梶は友人に向って云った。
「それは見栄でも責任でもない。世の中の秩序を乱したと感じるものが、自分の行為を是認するために行うものだと云ってくれ給え。日本人は社会の秩序を何より重んじるから、自然に個人を無にしなければならぬ。つまり、生活の秩序を完成さすためには人間は意志的に無になる度胸を養成しなければならぬ。日本文化の一切の根柢はこの無の単純化から咲き出したもので、地球上の総《すべ》ての文化が完成されればこのようになるものだという模型を造っているような社会形態が、日本だと思うと云ってくれないか。つまり知性の到達出来る一種の限界までいっている義理人情の完璧《かんぺき》さのために、も早や知性は日本には他国のようには必要がないのだと思う」
 梶の言葉を通訳してくれている友人の顔を見ながら、婦人は何の感動も表わさずに黙ってしまった。事実、梶は日本の文化にとって欧米の知性が必要なら自然科学にあるだけと思った。しかし、それも早やヨーロッパの行き得られる限界まで行ききっている日本を梶は感じるのであった。それなら日本の進
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