》し、パリー人というものは自身や他人の金利のことについては口に出さぬ。もしこれに一口でも触れようものならパリー生活の秩序は根柢《こんてい》から破壊されてしまうのだ。それは日本に於ける義理人情の如きものでこの生活を破壊して自由はないのであった。思想は生活の自由を尊重すればこそ思想である。しかし、その思想が市民の根柢をなす金利を減少せしめ、自由の生活を破壊に導く火を噴き上げている現在においては、市民の思想とはいかなる種類のものであろうか。こう梶の思っているときである。突然ツァラアは、
「もう良識は左翼以外にはない。それは決った」
 と低くひとり呟《つぶや》くように云って葡萄酒のコップを上げた。
 梶はその言葉を聞くとある古い言葉を耳にしたときのような無表情な自分の心を見るのだった。十年前には梶はそれと同様な言葉でさんざん人人から突き刺された。今またその傷口を吹かれても通り脱ける風穴の身にすでに開いている日本人の梶である。しかし、梶はこの風穴を塞《ふさ》ぎとめては尽く呼吸の断ち切れてしまう日本人の肉体を今さら不思議な物として眺め始めた。ここには何か人人のまだ発見しない完成された日本特有の知性
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